『学び合い』日記 in山形県鶴岡市

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

折り合いをつける

2学期も心がけたいことを書きます。

それは、「学校のたくさんの先生から力を借りる」ということです。

夏休み中の体育祭準備が終わって、分かったことは、私はまだ知らないことが多すぎるということです。

でも、それを言い訳にもできません。

「分からないことがあったら、『分かる』努力をしなさい。人の輪に入り込みなさい。それができなければ困る。」

これは私が授業中によく言う言葉です。

この言葉は生徒達にいいながら、自分に言い聞かせていることでもあります。

だから、その力の大切さを今、本当に実感しています。

たくさんの先生方と折り合いをつけ、自分の実践に活かしていきたいと思います。

 

独り言

2学期が始まります。

始業式はまだですが。

 

生活リズムをまずは戻したいと思います。

1学期の6時起きに戻さないと・・・。

 

夏休み。

人生の夏休みは大学1,2年生の2年間でした。

もう一度、楽しみたい・・・。

今の願い

西川 純 - 私は仲間の方々が積極的に本を出して欲しいと願っています。それを実現するにはどうしたらいいか考えています... | Facebook

西川先生のこの文を読んで思ったことを書きます。

 

昨年の今頃は、『学び合い』の実践に向けて準備をしていた時期だと思います。

 

覚悟を決めていました。

 

正直言って、ものすごい勇気が必要でした。

でも、焦っている暇もない状態でした。

初任だからとか、まだまだ経験値が足りないとか、様々な不安もありましたが、生徒たちの一生涯の幸せを胸に、一人も見捨てないという考え方を軸とした覚悟を決めていました。

 

 

そして、あれから1年後。

まさか、『学び合い』の実践を通して、本当に多くの『学び合い』の実践者の方々と出会い、授業で素晴らしい経験をし、今の自分がいることが信じられません。

昨年、福島先生の動画を見たことがきっかけでした・・・。

 

 

 

今思っていることは、今年度の1学期、授業で私と同じように苦しんだ若い先生方はどのくらいいるのかが気になります。(初任の方は特にです。)

あの苦しみは今でも忘れられません。

理想と現実のギャップを痛いほど感じ、これが約40年間続くのかと思うほど、辛い時期でした。

でも、あの時期があったからこそ、今の自分があると思っています。

 

そして、「Find!アクティブラーナー」の動画では、そんな先生方に少しでも希望の光が当たればと願いインタビューを受けました。

 

そして、この夏休みに何10冊も本を読み、昨年度の私と同様に、2学期から『学び合い』をはじめる先生方が本当に多く増えてほしいと願っています。

そしてその実践をはじめた先生方から、日本中の生徒達に"一人も見捨てない"という究極的な願いがどんどん浸透していってほしいと思っています。

私は、まだまだ『学び合い』の実践者としては、未熟な部分が多いと思っています。

でも、あの動画の生徒からのインタビューを聞いて改めて感じたことは、教師が本気で願えば、その願いは生徒に必ず伝わるということです。

 

私は初めての中3担任で、目の前のことをやりこなすので精一杯な所もあります。

ですが、私と関わる生徒達だけでなく、教師も"一人も見捨てず"ということを常に心に持ち続けて2学期も実践していきたいと思います。

 

私と同じ年代付近の方々で、授業で悩み、困っている先生方が『学び合い』の考え方を理解し、少しでも『学び合い』の実践者が増えてほしいと願っています。

これが私の今の願いです。

 

 

 

そして、私が担任している初めての中3の生徒たちが、3月に、立派な大人になって卒業していってほしいという願いもあります・・・。

 

 

 

昨日の続き〜学力について〜

改めて印象に残った箇所を箇条書きで書きます。

・学力を本気で上げようと願えば、学力は何かを考えなければなりません。p64

・学力を向上させるには、教師や子どもがなぜ学力を向上しなければならないのかについて納得する説明をしなければなりません。p65

・じゃあ吉田さんが子どもに個別対応しているときに何を言っているかを思い出して。おそらくもの凄いことは言ってないと思うよ。p83

・子どもにそれだけで任せて大丈夫か不安です。

→そうだよね。でも、逆に聞くけど吉田さんは大丈夫なの?p101

・あなたの担任の時には手厚い指導が出来るかもしれません。しかし、次の年はどうでしょうか?上級の学校に進学し、あるいは社会に出た後はどうでしょうか?教師は教え子についていくことは出来ません。しかし、仲間はそれが可能です。p127

 

それ以外にもありますが、特に心に残った箇所を書き出しました。

上の2つは、自分に言い聞かせるためです。

 

3、4番目は、そういう疑問を昔持っていたので、そのときの気持ちを改めて考え、そして今の自分に言い聞かせるためです。

 

最後は、コアな部分です。

10年後、20年後、50年後のことを考えての部分です。

 

大事にするべきことをあらためて勉強させてもらいました。

見直していきたいと思います。

そして、『学び合い』は方法ではなく、考え方であること。

一人も見捨てないにとことんこだわった結果、あのような授業風景になっているということを改めて実感しました。

 

2学期からは、本当に余計なものをそぎ落として授業に臨みたいです。

そのために準備をしたいと思います。

 

 

本の読み直し<~「学力」について~>

 

 今日はこの本を半分ほど読み直しました。(何回目になるのか・・・)

印象に残った言葉を書きます。

p44の内容です。

"学力が何かをハッキリさせれば、その問い(学校が塾や予備校になってしまうのでは?)に直面しなければならない。ある意味、それが嫌だから学力を曖昧なままにしていたんだよね。ハッキリさせたとき、それでは学校教育とは何かを考える必要があると思う。私は「人格の完成」を目的にしている点だと思っている。"

とあります。

ここが本当に大切にしなければならないことだなあと改めて感じました。

「学校って何をする場所なのか?」

この問いを常に持ち続けていかなければ生徒たちへの語りが弱くなると思います。

というか、この部分が抜けると、低位の子達への説明責任がつきません。

 

私は、大学時代は、いわゆる数学の「深い学び」を追求し、生徒にどのようにしてそのことを理解させるのかについて2年間、本当に真剣に勉強してきました。

実際に今思うのは、その数学の「深い学び」を生徒一人も見捨てず全員に学びとってもらうことは無理ということです。

たった1時間でそれが学びとられたら、「深い学び」に失礼だと思いました。そして、2年間かけて自分が勉強してきたことをたった1時間の授業で、生徒に学びとられてしまったら、「自分の2年間って何だったんだろ・・・」となってしまいます。

 

でも、その「深い学び」を追い求めることは全く否定しません。

私は「深い学び」を追い求めることで、研究・勉強の姿勢を身につけることができました。その「姿勢」が、教師としての自分にものすごく活きています。

 

 

「学力」とは何かを認めることの大切さを改めて実感しています。

それがはっきりしたときに、次のステップに進むことができるのだと思います。

そして、その「学力」に向けて、「何を学ばせるか」が重要になってくるのかと思います。

『学び合い』集団に、「何を学ばせるか」です。

学校としても「学力向上」に『学び合い』は本当に最適(あらゆる方法の中ではマシ)だと実感した時間でした。

独り言:同じ系列の本をたくさん読む

以前、何かの番組で見たことがあるのですが、もしその分野のことを本を通して知りたかったら、同じ本を何回も読むのでは無く、同じ系列の本を何冊も買い、そしてそれを読み進めて、同類項を探していく読み方が良い、というのを見たときがあります。

 

これが学術的に本当かどうかは分かりませんが、正直『学び合い』の考え方は、そのようにして身につけていったと思います。

何冊も本を買い、読み進め、その本の中の「あっ、これ読んだときある」ということを何度も体験してきました。

そして、今日も『学び合い』の本ではないのですが、そのような体験をしました。

身銭をきって得られることは多いと思います。

それを今日も学びました。

中学校の同級生

昨日の夜、中学生の同級生と久しぶりに酒を飲みました。

誘ってくれて本当に嬉しかったです。

でも、みんないろんなことを抱えながら生活をしているということを知りました。

話をしながら印象に残ったことを箇条書きで書きます。

・原因不明で亡くなった同級生

・職を転々としている同級生が多数いること

・お金が足りず、お金を借りて返さず、たくさんの友人を無くしている同級生

などです。

私は話を聞きながら、びっくりすると同時に、怖くなりました。

中学校時代は本当に楽しく、学校生活をおくっていました。

そのイメージが強いのです。

 

成人式から3年経った今。

それぞれがそれぞれの道を歩んでいると同時に、厳しい社会の現実とぶつかっている友人もいました。

飲んでいる中でも、「再就職」という言葉がでてきました。

私は「幸せ」って何だろうと考えさせられました。

学校の教育現場に出て、「先生は忙しい」と純粋に思っていましたが、それ以上に、今の自分が生きている環境が「恵まれている」と実感しました。

 

そして今年、私が初めて送り出す卒業生に責任を本当に強くもたなければいけないとも思いました。

10年前、私は中学2年生でした。

そして、昨日飲んだ友人は当時一緒のクラスメイトだったのです。

そのときは、10年後に自分が何をしているのかなんてことを想像できませんでした。

今教えている生徒の10年後を想像すると、本当に教師は、今関わっているすべての生徒に責任をもたなければいけないということを強く実感しました。

『学び合い』の目的でもある一生涯の幸せということについて、本当に考えさせられた時間でした。