『学び合い』日記 in山形県鶴岡市

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

失敗したこと

実は今年、1つ大きな失敗をしていました。

 

昨年の三者面談の時、このようなことを言ってくれた生徒がいました。

「来年も先生(私)の担任が良いです。クラスの他のみんなもそう言っていますよ!先生、お願いします。」

まだ2学期の終わりの段階では、この失敗に気づいていませんでした。

それどころか、こういう言葉を生徒にもらい、初任なのに本当に生徒に恵まれて幸せなことだと舞い上がっていました。親にだけ、このことを自慢もしました。

 

でも、大きな失敗をしたということは今は分かります。

 

「来年も先生(私)の担任が良いです。」ということは、担任ではなかったときにどうなるのか。

「クラスの他のみんな」も同じようなことを言っているということは、そういう生徒がたくさん出てきてしまうことなのではないだろうか。

極端な話、私がいなくなったら、その生徒達はどうなってしまうのだろうか・・・。

 

私の『学び合い』は、まだまだ"方法"です。結果が出たとしても、"方法"でしかありませんでした。今は分かります。

 

 この本を3学期に2回目を読み返したときに、そう思いました。

私は手をつくしすぎていました。

数学の授業では『学び合い』を実践していましたが、他のところでは『学び合い』の考え方ではありませんでした。

それが大きな失敗です。

改めて、生徒は私とはつながっているけど、生徒達では本当につながっているのかが不安でしょうがありません。

 

『このクラスは本当に楽しかった。次のクラスも絶対に楽しくしてみせるぞ』や『新しいクラスでもっといろんな人たちと関わりたい』という言葉が欲しかったです。

私はマネージャーでした。

 

これが私の一番大きな失敗です。

後悔しているのはこのことです。

来年度は、1学期から汎用的に『学び合い』でいきます。

『学び合い』を続けること

一週間が終わりました。

早いです。あと来週の5日間で初めて担任したクラスが解散します。

泣くのは我慢します。

それと同時に、今年度の『学び合い』の授業も終わります。

最後の最後まで一人も見捨てないことを生徒集団に求めたいと思います。

 

まだ終わっていませんが、今年度、本当に濃いです。

 

本当に悩み、もうどうしようもないときに、手を差し伸べてくれた存在がありました。

そして、たくさんの出会いがありました。

やっぱり「折り合い」をつけることは大切です。

『学び合い』を実践しながら、『学び合い』で大切にしていることを一番実感していたのは自分でした。

初任としての気持ちを忘れたくありません。

分からないことだらけで迷路みたいな道筋でしたが、今は違います。

目指すべきところが少しずつ見えてきたようにも感じます。

だから、今年度は『学び合い』が成立したのかもしれません。

来年度、どんな気持ちで迎えるか分かりません。

プロ野球でも2年目のブランクと言いますが、そうならないように気をつけたいです。

 

私は『学び合い』をこれで失敗し、これで乗り越えました。

 

この本は本当に自分のためになります。

 

一つ身をもって実感している言葉があります。

 

「私の目の前ではいいクラスに見えても、私がいなくなればバラバラ」

という西川先生の言葉です。

 

中学時代、私は恩師の先生にあこがれて中学校の教師を目指しました。

志望理由は、「恩師の先生から本当にたくさんの力を注いでもらった。本当に良いクラスで居心地もよかった。そんなクラスをつくりたい。そして、恩師の先生のように私もなりたい。」というものでした。

 

あの時の中学時代のクラス、学校生活は楽しかった。

私は先生との結びつきが本当に強いと感じていたし、クラスの仲間とも親しくしていた。(浅く広く?)

 

学校行事では、リーダーとして活躍して、生徒会でも頑張った。

まさに、学校教育にピッタリとフィットしている生徒だったと思います。

 

これだけは自負していますが、教師になって思うことは、当時の先生方からしたら私は本当に良い生徒だったんだろうなと思います。

 

でも、今、当時の中学校時代のクラスの友達と連絡はほとんどありません。

 

成人式は本当に楽しかった。

就職しているやつもいれば、専門学校、私と同じように大学に行っているやつもいる。色んな話ができました。

 

そして、それぞれの道で頑張っているのだと思いました。

 

私も社会人1年目。

 

今、接点があるのは誰なのか・・・。

地元に帰ってきても、誰がいるか分かりません。

 

何となく知っているやつはいるけど、それほど学校生活で話したことがないような人が多くいます。

 

私は、中学時代、当時の先生方とはつながっていました。強い絆で。

 

でも、クラスメイト、仲間とつながっていたのかが疑問です。

 

1月の頭に、中学時代から仲の良かった友人から連絡が来ました。

 

「○○~元気が?学校の先生してあんが!?すんげのお!!!あめでとう!んでの、頼みがあるあんけど、今、お金必要でや。お金○万円ほど立て替えてくんね?」

 

ここからは返信できませんでした。

あとで聞く話によると、この私の友人はいろいろな人にお金を立て替えてもらっており、その立て替え分も溜まっていて、連絡をしても渋るようでした。

 

この夜、本当に辛くてどうしようもなかったのを覚えています。

 

「学歴の経済学」の本に書いてあること、奨学金のことはまさにその通りと思って読んでいました。私自身が、本に書いてある500万円の借金の本人だったからです。

でも、それ以外は、まあそういう人もいるだろうという感じでした。

 

本に書いてあるような非正規雇用の人が一番身近にいたのです。中学時代の友人がそうだったのです・・・。

 

だから、『学び合い』をやめることはできないと思っています。

私が出会う生徒たちに、生きてもらうため、幸せになってもらうため、続けます。

 

こんな経験をして、本当に辛かったけど、これを乗り越えていきたいと思います。

 

 

【失敗したこと】課題作りについて

今年度『学び合い』でたくさんの失敗をしましたが、その中で課題作りの失敗例で1つあげます。

それは入試問題を考慮していなかったことです。

明日、中学2年生は実力テスト(入試に準拠したテスト)が行われます。

1学期は一斉授業。2学期から『学び合い』をスタートし、目先の定期テストや学力状況調査の問題を上手く扱い、課題作りをしていました。

しかし、中学生にとっては入試が1つの大きな山になります。

その山形県の入試問題を課題に含めていなかったことを反省しています。

評価の観点からすると、目先の定期テストや県の学力調査問題、そして全国学力状況調査があります。

そして、何よりも入試の問題があるのです。

ここは生徒たちに誤った点です。

これは最近感じていることなのですが、生徒たちはもう嫌でも勉強します。

生徒たちが勉強しないことはほぼありません。(もちろん生徒は全員です。その日その日の生徒の状態、個人差はありますが・・・。)

だから、教師として、その集団が向かうベクトルを整えてあげなければなりません。

そうではないと、間違った方向へ進んでしまうからです。

1本間違ったベクトルを設定していました。

ここは来年度、本当に間違えられないことです・・・。

中学1,2年生で良かったと思います。

 

『学び合い』をスタートしてから、一番大切に思うことは、「先を見通す」ことの重要性です。

私は、常に一週間分の課題を土日に用意しています。

大阪の福島先生は二週間先を見通しているようですが、私はまだまだです・・・。

初任でなかなか課題のストックもないのですが、土日は教材を吟味してその週の授業予定を確認しています。

けっこう時間が取られますが、楽しい時間です。

先日、上越にお邪魔したときに、木花先生の英語の『学び合い』を生でみました。

私が見た点は、「生徒の表情」「生徒に配布した課題」「生徒に配布したオリエンテーション資料」「生徒に配布してある月の授業予定表」です。

 

もうこれらを見ただけで、私に何が足りないかが一目瞭然で分かりました。

来年度の準備をし始めているのですが、授業計画を念入りに立てています。

よく単元計画とか、授業計画とか、学習指導要領をよく見ろとか言われますが、『学び合い』をはじめると、本当にそれらを見ないと崩れます。

本当に崩れます。自信をもって言えます。

 

私は『学び合い』にこれで失敗し、これで乗り越えました。

私は『学び合い』にこれで失敗し、これで乗り越えました。

 

 

 

 この2冊が最近届きました。

読み進めます。

 

生徒にも良く言いますが、「継続あるのみ」ですね・・・。

準備

クラスの終わりに向けてたくさんの活動が起きています。

 

生徒たちで文集作成やムービー作成を行っているのです。

「最後の終わり、皆が感動するような解散式をしましょう。そのために、みんながそれぞれできることをしてください。」

このような課題を生徒に与えています。

子どもたちは本当に有能です。様々なことを考えているのです。

ものすごい発想をもっている生徒もいます。

 

3月17日の修了式の日に解散式は行います。

どうなるのか。本当に楽しみです。

 

折り合いをつける

今日、生徒指導がありました。女子同士の関係の悪化についてです。

先週から引きずっていたもので、今日解決しました。

2人の女子生徒も心から晴れたような顔をしていました。

私は「折り合いをつける」ということを生徒に語るとき、色んな語り口から言います。

仲よくするとは違うし、難しいことなんだけど、それはみんなが経験して、大人になっていくために必要のあるものなんだと思います。

私はクラスに「皆仲よくのクラスは違う。折り合いをつけてつきあえるクラスになってほしい」とよく言います。

あと少しですが、授業もしっかり取り組む姿勢があり、頑張っています。

 

一つクラスのわだかまりが解けました。本当に良かったです。

一方で、『学び合い』の考え方をもう一度よく考えないとなと反省しています。

勉強ですね。

 

自分の葛藤と生徒たちの成長

今日はとても葛藤することがありました。

 

私は初任です。だから、はじめて担任した中2の生徒たちへ何かしてあげたい気持ちがすごくあるのです。

本当に、個性が強くいろんな生徒がいるけど、全員が本当に好きなんです。

 

そこで今日、卒業文集をクラスで作成したいと思い、私が文集の原稿(クラスの皆への文章など)準備をして生徒たちに提案しました。すると、生徒たちから

「何か先生の考えているやつ少し違うよ。」「もっとこんな感じだよ。」「期限はどのくらいまでありますか?」

という批判とかもっとこうしたら良いという意見の嵐でした。

そこで、生徒たちにこう提案しました。

「ごめん、ごめん、そうだよね。何か違うんだね・・・。じゃあ、皆に大きな課題を与えます。全員が納得する、全員が感動するクラス文集を作成してください。一人も見捨てず全員が納得するものをです。そのために必要なものがあるならば、先生は何でも準備します。」

生徒たちは、文集作成委員を決め、副文集作成委員を決め、作業に取りくんでいました。

 

正直いいます。

『学び合い』をしてたくさんの感動を生徒たちからもらってきました。私はこのクラスが大好きです。生徒一人ひとり全員がです。

だから、生徒からさっきのような意見が出てきたとき、感動して涙が出そうになりました。「そこまでになったか・・・。」という感じです。

 

『学び合い』を知る前の自分なら、教師としてもっとこうしたい、こうしてあげたい、という部分が先行して、「俺はこうしたい」ということを強く生徒に主張していたと思います。それが良い教師だと思うからです。

 

でも、今は違います。

 

"新しい教師観"のことが、西川先生の何かの本に書いてありました(すいません忘れました・・・)。その文章を最初に読んだとき、「んなことないぞ!」と思っていました。

私は中学校のときの担任の先生のようになりたくて、教師を目指しました。だから、その先生は私の恩師ですし、とても尊敬しています。何よりも、誰よりもお世話になった自信があります。

でも、『学び合い』の考え方が染みついた今、誰よりもお世話になった自信はあるのですが、その担任の先生が私と同じくらい他の人にも力を注いでいたかは疑問です。そこに、疑問が起きてしまいました。

 

正直、恩師の担任の先生のようにたくさん生徒に尽くしてあげたい気持ちはあります。だから、文集作成を"私が"しようとしたのです。

でも、生徒たちできっと素晴らしい文集作品をつくるんだと思います。

 

"子どもたちは有能である"

 

子ども、生徒、一人ひとりの力は小さいかもしれないけど、"たち"になったとき、本当に素晴らしい力を発揮します。それは、今までも何度も体験してきました。

 

そこに教師は介入しないのです(最大限の準備はしますが・・・)。

 

それが今、自分の中では嬉しいけど、悲しい、葛藤が起きています。

 

クラス解散まであと13日。

どんな感動を生徒たちは創り上げてくれるのか、本当に期待しています。

 

 

 

 

 

 

 

3月

3月です。

初めてのクラスとももうすぐお別れです。

締めくくりは考えてあります。

早いな~。

去年は、まだ大学生でした。

本当に早い。