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鶴岡の『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

自分の葛藤と生徒たちの成長

今日はとても葛藤することがありました。

 

私は初任です。だから、はじめて担任した中2の生徒たちへ何かしてあげたい気持ちがすごくあるのです。

本当に、個性が強くいろんな生徒がいるけど、全員が本当に好きなんです。

 

そこで今日、卒業文集をクラスで作成したいと思い、私が文集の原稿(クラスの皆への文章など)準備をして生徒たちに提案しました。すると、生徒たちから

「何か先生の考えているやつ少し違うよ。」「もっとこんな感じだよ。」「期限はどのくらいまでありますか?」

という批判とかもっとこうしたら良いという意見の嵐でした。

そこで、生徒たちにこう提案しました。

「ごめん、ごめん、そうだよね。何か違うんだね・・・。じゃあ、皆に大きな課題を与えます。全員が納得する、全員が感動するクラス文集を作成してください。一人も見捨てず全員が納得するものをです。そのために必要なものがあるならば、先生は何でも準備します。」

生徒たちは、文集作成委員を決め、副文集作成委員を決め、作業に取りくんでいました。

 

正直いいます。

『学び合い』をしてたくさんの感動を生徒たちからもらってきました。私はこのクラスが大好きです。生徒一人ひとり全員がです。

だから、生徒からさっきのような意見が出てきたとき、感動して涙が出そうになりました。「そこまでになったか・・・。」という感じです。

 

『学び合い』を知る前の自分なら、教師としてもっとこうしたい、こうしてあげたい、という部分が先行して、「俺はこうしたい」ということを強く生徒に主張していたと思います。それが良い教師だと思うからです。

 

でも、今は違います。

 

"新しい教師観"のことが、西川先生の何かの本に書いてありました(すいません忘れました・・・)。その文章を最初に読んだとき、「んなことないぞ!」と思っていました。

私は中学校のときの担任の先生のようになりたくて、教師を目指しました。だから、その先生は私の恩師ですし、とても尊敬しています。何よりも、誰よりもお世話になった自信があります。

でも、『学び合い』の考え方が染みついた今、誰よりもお世話になった自信はあるのですが、その担任の先生が私と同じくらい他の人にも力を注いでいたかは疑問です。そこに、疑問が起きてしまいました。

 

正直、恩師の担任の先生のようにたくさん生徒に尽くしてあげたい気持ちはあります。だから、文集作成を"私が"しようとしたのです。

でも、生徒たちできっと素晴らしい文集作品をつくるんだと思います。

 

"子どもたちは有能である"

 

子ども、生徒、一人ひとりの力は小さいかもしれないけど、"たち"になったとき、本当に素晴らしい力を発揮します。それは、今までも何度も体験してきました。

 

そこに教師は介入しないのです(最大限の準備はしますが・・・)。

 

それが今、自分の中では嬉しいけど、悲しい、葛藤が起きています。

 

クラス解散まであと13日。

どんな感動を生徒たちは創り上げてくれるのか、本当に期待しています。