『学び合い』日記 in山形県鶴岡市

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

本の読み直し<~「学力」について~>

 

 今日はこの本を半分ほど読み直しました。(何回目になるのか・・・)

印象に残った言葉を書きます。

p44の内容です。

"学力が何かをハッキリさせれば、その問い(学校が塾や予備校になってしまうのでは?)に直面しなければならない。ある意味、それが嫌だから学力を曖昧なままにしていたんだよね。ハッキリさせたとき、それでは学校教育とは何かを考える必要があると思う。私は「人格の完成」を目的にしている点だと思っている。"

とあります。

ここが本当に大切にしなければならないことだなあと改めて感じました。

「学校って何をする場所なのか?」

この問いを常に持ち続けていかなければ生徒たちへの語りが弱くなると思います。

というか、この部分が抜けると、低位の子達への説明責任がつきません。

 

私は、大学時代は、いわゆる数学の「深い学び」を追求し、生徒にどのようにしてそのことを理解させるのかについて2年間、本当に真剣に勉強してきました。

実際に今思うのは、その数学の「深い学び」を生徒一人も見捨てず全員に学びとってもらうことは無理ということです。

たった1時間でそれが学びとられたら、「深い学び」に失礼だと思いました。そして、2年間かけて自分が勉強してきたことをたった1時間の授業で、生徒に学びとられてしまったら、「自分の2年間って何だったんだろ・・・」となってしまいます。

 

でも、その「深い学び」を追い求めることは全く否定しません。

私は「深い学び」を追い求めることで、研究・勉強の姿勢を身につけることができました。その「姿勢」が、教師としての自分にものすごく活きています。

 

 

「学力」とは何かを認めることの大切さを改めて実感しています。

それがはっきりしたときに、次のステップに進むことができるのだと思います。

そして、その「学力」に向けて、「何を学ばせるか」が重要になってくるのかと思います。

『学び合い』集団に、「何を学ばせるか」です。

学校としても「学力向上」に『学び合い』は本当に最適(あらゆる方法の中ではマシ)だと実感した時間でした。