『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

「一人も見捨てない」の原点

先日の金曜日に中学校時代に2年、3年と担任して頂いた先生とご一緒にお酒を飲む機会がありました。

いわゆる恩師の先生です。

 

 僕は『学び合い』に出会って、本を読んでいるとき、批判的に読み進めていても、なぜか納得する部分が多かった人です。

というか、「そうそうそう思っていた」ということが非常に多かったです。

 

そのように思える人もいれば、そのように思えない人もいるはずだとは思うのですが、私は前者でした。

そこで、考えたのが、「なぜ」ということです。

なぜ私はそもそも『』の考え方に近いものをもっていたのか?

大学の時から、色んな教育方法を見たときに、「生徒」という言葉にずっと引っかかっていた学生だったのですが、その「原点」はどこにあるのか?

すごい疑問でした。

 

それがやっと分かったのです。

 

中学校時代の先生に聞きました。

「先生が今もですけど、軸にしているものって何ですか?

 

すると、

「まずは、教師と生徒という関係を抜きにして、一人間として向き合っていく」

ということ、そして、

「誰も見捨てない、裏切らない」

ということをおっしゃっていました。

 

僕は「やっぱり…。」という想いと、ほっとした気持ちでいっぱいになりました。

 

僕の原点はここにあったんだと思いました。

中学校時代に受けてきた教育の考え方を、私は具体的には覚えていません。

でも、その恩師である先生の考え方というのはしっかりと伝わっていました。

だから、私が『』を継続できるのだと思います。

 

 

ここは方法などを一切抜きにして考えさせられる部分です。

方法論にとどまってしまうと、限界があると思います。

いくらこの指導方法が良いということがあっても、それを扱う教師の人間性、そして生徒たちの状態などで大きく変わってきます。

西川先生の本でも、良い指導方法はやる気のある生徒にとっては効果はあるけど、そうではない生徒にとっては何にもならない、と記述してあります。

実際、そうです。だって、僕もそうだったというように思います。

 

 

熱いトークで盛り上がりました。

体育祭や合唱コンクールにどのようにぶつかっているのか。

取り組みをする上で、生徒たちに語ることは何なのか。ということです。

 

全てが全て『』の考え方や、僕の今の考え方に一致しているわけではありません。

でも、限りなく近く、それこそ、余計なものをそぎ落とした原点となる考え方を私の恩師の先生はしていました。

それは方法論レベルで言うことができないことだと思いました。

 

結論、今回僕が思ったことは2つです。

1つ目は、「生徒たちを一人間として見て、本気で語る」

2つ目は、「見捨てない、裏切らない」

です。

この2つを僕の考え方の中でも特に大切にして、これからの実践に活かしていきたいと思いました。

 

今回のことで、改めて教育の力ってあるんだと身をもって実感しました。