『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

今年一番課題だったこと

初任の昨年度の2学期からはじめた『学び合い』の実践。

そして、今年度は4月からあらゆる場面で『学び合い』の考え方をもとに実践してきました。

たくさんの成果があると同時に、たくさんの課題もありました。

その中で自分が一番の成果と思うことと、一番の課題だと思うことを1つずつ書きます。

 

<一番の成果>

これは結果が出たことです。

学校の定期テストだけでなく、学校外のテストでも結果が出ました。

4月から、不安なことがたくさんありました。その不安なこの1つがテストです。

今年ははじめての3年担任をもち、教科担任としても3年生をはじめてもちました。

数学教育の立場として、大切にしたいことは山ほどあるものの、結果を出さないと生徒たちはついてはきてくれません。

だから、生徒の人生に直接本当に関わっているということを意識しての実践でした。

でも、今になってみれば「点数」というものを学力とするならば、上がるのは当たり前です。

ああいう集団ができれば、学力の向上は簡単だと思うことはたくさんありました。

 

生徒からの質問も高度なものになってきていることは自分も実感していて、「じゃあ、この場合はどう?」「いつでも言えるかな?」「似たような考え方を知らない?」「何か規則はないかな?」などと問いかけると、その問いをそれぞれのグループで持ち帰り、自然にクラス全体で共有している場面も何度もありました。

 

私の授業を指導案で書くなら、一斉授業の指導案と何ら変わりません。

一斉授業でするような発問や生徒の考え方のくみ取り方、そして、練り上げ。時には全体で共有する場面もあったりします。

 

「一人も見捨てない」という考え方の文化が根付くと、結果としてああいう授業にならざるを得ない、と最近は考えています。

なぜなら、一人も見捨てずに全員が、本時で達成させたいことを目指すならば、自然とあの「形態」になるのだと思います。

 

だから、学力の向上はもちろんですが、それ以上に「良い集団」をつくる、ということに力を入れることが重要で、究極的には子どもたちの10年、20年後の幸せに繋がっていくのだと思っています。

 

<一番の課題>

これは『学び合い』を知らない人にも「しっかりと」知ってもらうにはどうしたら良いか、ということです。

別に強制して伝えようとは全く思ってはいないですが、現場の色んな先生方も耳にする機会がこれからもあると思います。

『学び合い』の「一人も見捨てない」という考え方をどのように伝えていくか、これを真剣に考えています。

何というか、「一人も見捨てない」は、都合の良い言葉ではありません。

魔法でもありません。

「一人も見捨てない」という考え方を具現化するための言葉かけがあり、それを毎日のあらゆる教育活動で求め続けるからこそ、『学び合い』の考え方の授業が実現すると思っています。

『学び合い』の授業では、教師は何もしていないように見えて、色んなことをしているし、見ています。

そして、授業の最後の語りに、全てが凝縮されるのだと思います。

中教審(答申)」のp49には以下のような言葉があります。

「主体的・対話的で深い学び」の実現とは、特定の指導方法のことでも、学校教育における教員の意図性を否定することでもない。人間の生涯にわたって続く「学び」という営みの本質を捉えながら、教員が教えることにしっかりと関わり、子供たちに求められる資質・能力を育むために必要な学びの在り方を絶え間なく考え、授業の工夫・改善を重ねていくことである。」

 

一見すると『学び合い』の授業の形態は「教員が教えることにしっかりと関わり」とは相反するものではないか、と疑問が生じるかもしれません。

でも、僕は『学び合い』ほど、「教員が教えることにしっかりと」関わっている授業はないと思います。

だからこそ、そのどう関わっているかを、どんな人が見ても分かりやすくできないかと思います。

 

今年は、たくさんの結果も出たし、色んな人と出会えたし、良い経験が出来ました。

来年は、次のステージを目指してまた頑張りたいと思います。