『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

自然に起きる

私が担任しているクラスでの話です。

 

生徒たちには申し訳ないのですが、今年度の4月からはあらゆる部分で『』の考え方で学級経営をやらせてもらっています。

 

給食活動、清掃活動、日常生活・・・。

 

きっと、帰りの会での私のコメントなどもずっと聞かされていることもあると思いますが、私は良い集団を創るための言葉だけを意識してここまできました。

 

受験生という時期もありますし、4月からの積み重ねもあると思いますが、今日の授業で自然に起きた『学び合い』がありました。

 

今日は、中学校3年間の最後の単元も終えた翌日の授業でした。単元の終わりには、テストと同時に、今まで勉強してきたノートやプリントの整理を生徒たちに行わせるようにしています。

今日の時間は全員が課題を達成する時間ではなく、そのような今までの自分が学習してきた内容を振り返ることも含めた授業時間でした。

終わった人は、入試対策のプリントを行うことになっていました。

 

そんな中でした。

 

学習内容の整理が終わった生徒たちが続々とできたのですが、そこからは一人ひとりが真剣に課題に取り組む姿がありました。

私立の入試も終わり、合格が決まってきた生徒がいる中で、全く気が抜けるようなそぶりはありませんでした。むしろ、内定した生徒たちが引っ張っている姿もあります。

私に断ることもなく、いつも通りの『』の授業のように立ち歩き質問したいクラスメイトの席に行き、「対話」がはじまりました。

それにつられて、何人かの生徒も立ち上がり、課題を解決し合う姿がありました。

その課題は、私が「これをやりなさい」と強制したものではありません。自分から進んで行っている課題です。

 

『』の授業では語りは必須です。でも、今日の授業に最初の語りは有りませんでした。

でも、そんなものはなくとも、自分たちで行動して自分たちで考えて協働する姿がそこにはありました。

 

よく自由にすると、「関係のない話をするのでは?」という人もいます。でも、そんなことは決してないです。

むしろ、生徒たちを信じて自由にさせた方が無駄話はしません。

 

私は今日の授業の光景を見て、こんな風に自由に学べる空間を作ることが、本当に素晴らしいということを実感しました。

それと同時に、このクラスでの、この光景を見るのはあとわずかなんだとという悲しい気持ちにもなりました・・・。

 

対話している内容も、各単元の数学の本質に関わる内容がほとんどでした。(ただ問題が解ければ良い、という考えの内容ではありませんでした。)※図形の定理の証明と作図に関わる内容です。

 

私がいなくても、どんな時でも、自然に起きる『』。

 

必要な時だけ、自分が抱えている問題を解決してくれるであろうクラスメイトに聞きにいき、そしてそれが終わったら自分の席に戻り、また自分の課題を解決しようとする。

もしクラスで困っている人がいたら、教えに行く。

それも強制ではなく、自らの意志で、「愉しんで」。

そして、感謝され、そのような文化が根付いていく・・・。

 

このような姿を目指していました・・・。

あと30日と少しでこのクラスは卒業ですが、1年かけてあらゆる場面で『』の考え方で行ってきたクラスは、このようになるのだということを実感しています。

でも、まだ終わりではないですし、まだ完璧でもありません。

最大限まで高めていきたいます。

受験は団体戦

目標は全員合格。

そして、目的は、『「自立」した立派な大人になる』ということです。