『学び合い』日記 in山形県

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

はじめての異学年合同『学び合い』②

そしていよいよ授業の本番。

 

「定常的に異学年合同『学び合い』を行う」ことを想定していたため、生徒たちにはいつも通り事前にプリントは配布していました。(※私の授業では、いつも次の日の授業の課題を配布するようにしています)

 

 

いつも以上に、3年生が予習をしてきました(強制は一切していません)。これは先輩だからかもしれませんが、後輩たちや全員達成のためにやってくる生徒がいました。

 

また、授業前は広めの教室を利用させてもらい、「自由に座って良いよ」という声をかけていました。すると、1年生と3年生は別々に分かれて座っていました。

 

チャイムが鳴り、授業がスタート。

異学年合同『学び合い』において、私が語ったことは以下の2つです。

 

①なぜ異学年でするのか?

「みんなには今、同級生は何人くらいいるか?」そして、「先生には、今の学校で何人いると思うか?」という部分からスタートしました。

 

今のクラスでの横のつながりを本当に大切にしてほしいと思う。でも、実際に社会に出てみると、自分と同じ年代の人がいないことに気づかされる。

 

社会人2年目の私がそうだったこと、そんな中で、上下関係なく、折り合いをつけて自らの課題を解決することが、これからの時代で生きていくためには必要であり、その力がなければ困る、ということを話しました。

 

実際、私は初任から今まで、たくさんの先生の力を借りてここまできている。「分からない」ということを正直に開示して、先輩の先生の力、同期の先生の力を借りていること、そして何よりも生徒たちの力を借りていることを伝えました。

 

そして、異学年でただ交流するのではなく、「一人も見捨てない」ことを究極的な目的として全員が本時の課題を「分かる」ことを目標としたいことを話しました。

 

②「分かる」とは

「分かる」ってどういうこと?っていう人もいると思いました。私の授業では「分かる」ということを、「人に説明することができる」ことを「分かる」というように定義しています。※Find!の福島哲也先生の動画を見てください。

 

だから、友達から説明を聞いて「あー分かった、ありがとう!」は分かったフリ。

また、「ねえねえ、ここ教えてよ!」と言われて「いやあ、俺説明下手だから別の人から聞いてよ」というのも分かったフリ。そもそも説明に自信がない、ということは内容をしっかり理解していないことの表れであることを伝えました。

そして、そんな人を一人もつくりたくない、ということも伝えました。

 

今日の授業の課題は、全員が「分かる」こと。

そのために、どうすればよいかを考えて授業に臨んでほしいということを伝えました。

 

③「一人も見捨てない」こと

最後に私の授業では、絶対に譲れないこと、先生も大切にしたいし、みんなにも大切にしてほしいことがあると話しました。

 

「一人も見捨てない」ということ。

 

この言葉を聞いて「そんなこと当たり前じゃん!」って考えている人もいると思う。でも、その当たり前のことを日々の学校生活や授業で考えて行っているか?「一人も見捨てない」ことを求め続けていますか?ということを話しました。

 

「一人も見捨てない」ためには、「入り込む力」と「巻き込む力」の2つの力が必要であること。

 

「入り込む力」には、「課題が分かった人が、困っている人たちの輪に入り込む力」と「課題が分からない人が、分かっている人たちから力を借りるために入り込む力」の2種類があること。

 

「巻き込む力」には、「課題が分かった人が、分かっていない人がいたときに、自分の力を貸してあげるために、その人を巻き込む力」と「課題が分からない人たちが、課題が分かっている人を自分たちのグループに巻き込む力」の2種類があることを話しました。

 

福島先生から「入り込む力」と「巻き込む力」の2つの力のことを、飛び込み授業の際に話をしてもらいました。

これは学術的な根拠はありませんが、「一人も見捨てない」を求めるには、具体的にどうしたら良いかを言い表したものだと思います。

それを私はさらに「入り込む力」にも2つ、「巻き込む力」にも2つの合計4種類の具体的な力が必要であると日々の授業で感じ、それを生徒たちに伝えています。

 

綺麗事ではなく、本気で思い続けているこの願いをみんなと共に達成したいということを話しました。

 

以上の3つを本気で語りました。

後は、授業中のツールや環境整備について話をして授業スタートとなりました。

ここまで10分。

長すぎました・・・。