『学び合い』日記 in山形県

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

生徒たちの説明する内容

認知心理学の研究によれば、熟達するほど、自分がやすやすと解ける課題を解けない人の理由を想像できなくなる」

という関係性に、私は最初疑問をもっていました。

なぜなら、そうだとしたら教科教育研究に価値を見いだせなくなるからです。

だから、ここは腑に落ちない部分がありました。

 

でも、そう思うのは、まだ生徒たち一人ひとりを見ていなかった証拠でした。

 

「教師と成績下位の生徒との関係」に着目して考えると、答えは自明です。情けないことにその視点を忘れていました。

 

最近「AI VS 教科書が読めない子どもたち」という本を読みました。(これについてのまとめはまた次回します)

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

 

 この本と西川先生の本にも記述してあることで、私が納得したのは、生徒たちは「基礎読解力」、すなわち「言葉」でつまづいているということです。

 

例えば、新井さんの本の中のRSTの問題の1つに、以下のような問題があります。

 

「Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。」

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

Alexandraの愛称は(  )である。

①Alex ②Alexander ③男性 ④女性

 

当然のごとく、正解は①です。

しかし、中学生の正答率は半数にも達しない状況なのです。(38%)

新井さんは、この回答状況を見て、分析した結果、「おそらく「愛称」という言葉を知らない」という結論にまとめています。

また、「知らない単語が出てくると、それを飛ばして読むという読みの習性があるため」と述べています。

 

この現代の中学生の「教科書が読めない」ことに真っ正面から向き合う必要があると思います。

 

西川先生の本でも「首都」や「上野」のことを例に取り上げています。

私はこのような現状を知って、一斉指導にものすごく困難を覚えてしまいました。(一斉指導を悪く言っているつもりは微塵もありません)

 

これは私自身もでしたが、先生の説明を全く理解できないのに、友達の一言ですっと「わかった!」ことが何度かありました。

『学び合い』の授業をしていても、私が説明で使った黒板を別の生徒が使って説明をしていて、たくさんの生徒が分かり、そこに人だかりができていたこともありました。

 

「言葉」につまづいている生徒たちにとって『学び合い』は非常に有効です。なぜなら、分からない文や言葉をすぐ確認できるからです。

 

生徒たちの説明する内容を「所詮生徒たち同士の会話」と捉えるか、「教師と同じくらい有能」と捉えるかで、違ってくると思います。

 

私はいつまでも、「教師と同じくらい有能」であるという立場を常にとり続けていきたいと思います。