『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

公立中学校の挑戦~麹町中学校の話~

この記事を見て、ものすごい感銘を受け、鳥肌が立ちました。www.nhk.or.jp

 

 

そして、この麹町(こうじまち)中学校のサイトから以下のページも見ることができます。

wedge.ismedia.jp

「話を聞きなさい」なんて指導は本当は間違っている

公立中学が挑む教育改革(1)

には、以下のようにインタビューに答えている工藤校長がいます。

 

 

中学校は社会で活躍する人材を育てるための場所です。生徒たちが大人になり、人前で話すときに、聞いてくれない相手を叱る人はいません。だから教員が『校長先生の話をちゃんと聞きなさい』と指導する姿なんて見せてはいけない。話を聞いてもらえないのは校長の責任ですよ。言葉は伝わることが大事で、分かりやすく伝えなければ意味がないと考えています。生徒たちが『聞きたい』と思うような話をする。ビジネスの場では当たり前のことですよね」

 

 

『』の考え方とも重なる所もあるのだが、一番は私自身が抱いていた疑問、そして中々心の中では思っていても実際に発言することのできない思いが、これです。

 

また、夏休みの宿題の記事についても私が凄い共感する記事もありました。

 

三者から見て型破りに思えるのは式辞だけではない。今年の夏休み、麹町中学校ではほとんど宿題が出なかった。生徒に課したのは、どうしても外せなかった千代田区指定の作文だけだったという。同校が極力宿題を出さないようにしているのは、工藤氏の教育方針によるものだ。

 

初任の頃、「夏休みのテキスト」の選考する時期に素朴に思っていた疑問が、「夏休みの宿題って意味あるのか?」ということでした。

でも、学校として当たり前のようにやっている。だから、それが普通なんだ。やらなければいけなんだ。さて、どの出版社のものが良いだろうか・・・?

なんていうことに、なっていました。

 

さらに、記事には藤井四段のエピソードを取り入れた記述もありました。

 

 

 工藤氏が例に挙げるのは、最多連勝記録を塗り替えて話題となった中学3年生のプロ棋士藤井聡太四段のエピソードだ。その人柄を伝える報道の中で、「藤井四段は宿題をやらない」と紹介された。担任教諭に対して「授業をきちっと聞いているのに、なぜ宿題をやる必要があるのか」と語ったという。

「藤井四段の言いたいことはよく理解できます。自分にはすでに分かっている範囲のことなのに、単なる作業として宿題に取り組み提出しなければならない。優秀な成績を収め、『やりたいこと』が明確な生徒にも一律に同じ内容の宿題を課すことが、正しい教育だと言えるでしょうか?」

「私が見てきた限り、宿題を課された生徒は分かる範囲には積極的に取り組みます。しかし残り2割ほどの分からない範囲はやらない。それでも8割はできているから教員はOKを出すんです。これで『宿題を出すというタスク』が完了したことになる。このやり方では学力は伸びません」

 

 

この記事を読んで、正直涙が出そうになりました。

日々思っていたことを、ここまで具体的に実現している公立中学校があるんだということに感銘を受けました。

そして、学校教育の目的であるのは「人格の完成」であることを、改めて自覚しました。

 

 

学校は社会で活躍する人材を育てる場所である。そのことは多くの教員が認識しているはずなのに、気づけば学校にとって都合の良い生徒を作ろうとしてしまう。宿題をやらせることが目的になっているのはその典型例なのだという。

 

 

いわゆる管理型の学級経営や授業づくり、考え方では、「学校にとって都合の良い生徒」を量産してしまう可能性が非常に高いと思います。

私はそんな風にはしたくありませんでした。だから、今この工藤校長先生のような考え方で学校生活を過ごしています。

 

この麹町中学校の話を書きましたが、私は今まで私が受けてきた教育を否定する気は全くありません。むしろ、私が関わってきた尊敬する先生方はたくさんいます。

 

だから、色んなことを勉強し、比較し、検討しながら、自分の教育観を磨いていきたいと思っています。

 

父親から言われたことで印象に残っている言葉1つあります。

「初任から3年目までに抱いた疑問を忘れるな」

学校という場にいると、だんだんとそのことが当たり前のようになってきてしまう。流されないように、自分を磨いていけ、ということだと今では思います。

 

 

すごい勇気をもらった記事でした。

夏休みに入ったら、色んな事をまた勉強したいと思います。