『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

1学期の授業の終わり

1学期の授業が全て終わりました。

 

私としては、「守・破・離」の「守」をものすごい意識して行った実践でした。

ほぼ毎日『』の本には触れました。

そして、毎日の語る言葉を何度も考えました。

 

 

昨年度よりも大切に、1つ1つの言葉、語りに思いを込めて『』の考え方で生徒たちと一緒に勉強していたと思います。

 

1学期に自信をもって言えることは、「油断する期間が明らかに少なくなった」ということです。

 

『』をはじめたての頃は、油断を何度もしました。油断をする、教師の隙を生徒たちに見せることは、自分を追い詰めます。

「まあ、この程度なら」の隙を生徒たちを見逃しません。

たまった流れは止めることができず、流れてゆきます・・・。

そのたびに、生徒たちに自分の気持ちを誤り、「信頼」という名の「ダム」を創っていく必要があると思っています。

 

 

 

 

もう1つ自信を得たことは、1学期に、1年生には一切宿題を出すことをせず、結果も出たということです。

 

もともと、宿題には否定的な考え方をもっていました。

宿題を出したら、評価はA。出さなかったら、C。少しでもやってきたら、B。

私には基準があまりよく分かりませんでした。

今年度は、宿題を私から出すことを止めました。

 

今の学習指導要領の「数学への関心・意欲・態度」は次のように設定されています。

数学的な事象に関心をもつとともに,数学的活動の楽しさ,数学的な見方や考え方のよさを知り,それらを事象の考察に進んで活用しようとする。

中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会算数・数学専門部会(第2回)

 

さらに、第1学年の観点の趣旨には以下のように書いてあります。

さまざまな事象を数量や図形などでとらえたり,それらの性質や関係を見いだしたりするなど,数学的に考えることに関心をもち,意欲的に問題の解決に活用しようとする。

 

「宿題としてワークを課す」ことを書いてはいません。

私は学習指導要領も徹底的に「守」りました。

その結果、無駄な宿題を外しました。

 

しかし、生徒たちには次のように話しました。

宿題は先生は出さないつもりでいます。なぜかというと、宿題を出されているうちは、いつまでたっても立派な大人にはなれないし、自立もできない。自分で見つけるものだと思う。でも、もし与えるとするならば、次の数学の授業での『全員達成』。これができるようにするにはどうしたら良いかを自分で考え、行動し、予習してきたい人はやってきても良い。強制は一切しない。やってこないからと言って怒らないし、やってきたからと言ってその人を『良い子だね~』とか褒めることはしない。でも、・・・

 

そのような、クラスにとってつながる行動は、必ず自分にとって『お得』なことにつながると先生は思う。クラスにとっての『得』は、自分にとっての『得』につながると先生は本気で信じてる。そこの判断はみんなに任せる。でも、『得』をする人が多いクラスが先生は良い。というか、そんなクラスになってほしいと思う。そして、先生はなれると思う。

 

こんなことを語りました。

これも、文章にうつと、こうなりますが、実際の言葉には自分なりの魂を入れて話したつもりでいます。

 

「守」を徹底することの難しさを感じた学期でした。分かってはいるけど、油断します。その後が大切なのだと思います。

個人的に『学び合い』の授業で一番難しいのは、この「守」を徹底することだと思います。学術的なデータの裏付けがあるからこそ、本通りに行わないと失敗します。

そのことが分かっていても「守」を守り続けることは難しいことです。

 

2学期は、長い学期ですが、これも自分の心の修行だと思って、2学期の終業式まで「守」を徹底したいと思います。

 

 

 

今年度のマイテーマは「守」です。