『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

自分の所属する集団の中で「得」な行動とは

自分の所属する集団の中での「得」な行動を考えてみました。

 

『』の考え方では、「1人も見捨てないことが、自分にとっても『得』である」ことを生徒たちに説得することが求められます。

そしてそれ以上に、その「自分にとっても『得』」という部分を教師である自分自身が自覚して生きていく

」必要もあると思うのです。

ですから、ただ「1人も見捨てない」を連呼する実践は究極的には『』ではないと思っています。

「考え方」と言われる所以だと思います。

 

私が思う「得」な行動は、集団にとって「有難い」行動なのだと思います。

 

例えば、「朝に学校に来てから夏場は氷を準備して、コーヒーを沸かしておく」ことも「得」な行動です。

そして、このことは私自身が誰かにやって頂いたら「有難い」行動です。

 

例えば、職員会議等の資料の印刷などで、「一緒に綴じ込みしますか?」「大丈夫ですか?」という声かけや行動も「有難い」行動です。

 

このような「有難い」行動をたくさん増やしていくと、その集団にとって大きな「得」になると思います。

そして、その「有難い」行動というのが、自分にとっての「得」になって返ってくると思うのです。

 

今の職員会議の綴じ込みの例で言えば、「一緒に綴じ込みしますか?」という行動を取れば、もう1人の先生と話す機会が生まれます。そして、西川先生の本にも書いていることですが、職場で交友を深めるためには仕事が必要です。でも、その仕事って、「綴じ込み」とか簡単な作業で良いと思うんです。

 

その地味で単純な作業かもしれないですけど、その作業を通してダラダラと喋りながら進めることができます。すると、「あ〜、この人ってこんなこと考えていたのか〜」とか「この人あんまり近寄りがたかったけど、話してみると以外と面白いな」ってことに気づくきっかけになると思うんです。

 

もちろん逆もまた然りで、「この人とは、少し距離をとっても良いかも」とか「話するときはこういうことに気をつけよ」という部分にも気づくと思います。

 

でも、それだって「その人との付き合い方」という部分を習得したと考えると、「得」だと思うんです。他者理解をしないうちに、づけづけと相手に気に触ることを言ってしまうことを防ぐことにもなると思います。

 

と色々と書いてきて、「すごいポジティブ」と考えられるかもしれないのですが、そういう「考え方」を持ち合わせて、生徒たちに本気で説得することができるようにすることが『』の授業を長期的に継続するには必要なのだと思います。(長期的に実践してきて思います)

 

「有難い」とは、「有ることが難しい」と書きます。

「有難い」行動とは、「有ることが難しい」行動なのだと思います。

 

朝、自分の時間に使いたいけど、その時間をコーヒーを淹れたり、氷をもってきたりすることにつかうことって「有ることが難しい」行動です。

 

「綴じ込み」する作業も、正直めんどくさいし自分の仕事を優先したいと思うので、「有ることが難しい」行動です。

 

でも、この「有難い」行動というのが、自分自身の「有難い」になって返ってくると思うのです。

 

因果応報ではないと思うのですが、このちょっとでも「有難い」行動ができる集団ってなんか良いです。

 

そして、それを実践できる集団を育てたいと思いますし、私自身もその「有難い」行動を心がけていきたいと思うのです…。