『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

いくつかの授業研を通して思うこと

ここ2週間ほど更新を止めていました。

 

本当に毎日が色々ありすぎて、なおかつ、中途半端なことをブログに書き留めたくなかったので、やめていました。

やっと、じっくり書く時間ができたので書きます。

 

今日書くことは1つ、「授業」を見て、教育に対する『考え方』についてです。

 

最近2つの研究授業会での授業を見ました。

公立中学校での授業でした。

 

2週間に2回のペースで見ましたが、自分自身の自戒の意味も込めて書きますが、やはり大切にしていきたいのは何かということを強く思いました。

 

私は、そもそもの基本OSが『学び合い』の考え方に近いものがありました。ですから、西川先生のありとあらゆる本を読破して、実践して、「ハマり」ました。

昨年度の1年間は、まさに、本の通りであるかを実践して確かめる1年だったと思います。

実際、学力の向上も見られましたし、QUの結果、そして学校評価アンケートの結果や生徒たちのアンケートを見て、ありとあらゆる面で「本通りやれば…」ということを実感しました。

自分自身の教師としての力量を高める絶好の機会になる場面もたくさんありましたし、何よりも、私自身の基本OSである「一人も見捨てない」思いを実現すること目指し続けることができた1年でした。

 

最近見た2つの授業を見て思ったことは、数学の授業以上に、「どんなことを大切にして授業してんの?」ということです。

 

西川先生の本に書いていますが、「学力の向上」を本気で願ったならば、その学級の「学力の向上」は叶います。なぜなら、「学力の向上」を本気で願っていれば、ありとあらゆる策を創り出すからです。そして、その「学力の向上」について言えば、『』であれば必ずできる仕組みがあります。

でも、インタビュー調査の結果から、「本気で学力の向上を求めている教師は実は少ない」ことが明らかになっているのです。

 

ややもすれば、「自分の実績を上げたいから」とか、「自分のために」授業をする方というのが、その先生の考え方から伝わります。

それが最近みた授業でした。

 

『』の考え方とか、『』実践者とか、『』そのものを抜きにして、「本当に今担当している学級の全ての生徒に、その本時の目標としている力をつけたいの?」と思った2週間でした。

 

『』の教師観では、「教師の仕事は,目標の設定,評価,環境の整備で,教授(子どもから見れば学習)は子どもに任せるべきだ。」とありますが、本気でこのことをやっているか?と投げかけたくなる場面もありました。

 

3つの視点で以下に書きます。

 

①「目標の設定」をする上で、本当に身につけさせたい力を教師自身が分かっているかどうか?(教材を深くまで理解したうえで、目標の設定をしているか?ということ。確かに、課題はシンプルにすることは大切、でも、その課題について「到達してほしい地点」までの理解は教師にとって必須のことではないのか?)

②「評価」をする上で、本当にその評価方法は、生徒たち自身でも評価できるものになっているのか?ということ。(何を達成すれば良いかのか?を生徒たちが理解できているのか?)

③「環境の整備」をする上で、本当にその本時の授業の中で必要なものがそろっているのか?ということ。(ややもすれば、その教師が準備した道具が、教師のレールの上でしか成り立たない道具になっていないか?)

 

その上で、「教授は子どもに任せるべきだ。」と言っているのです。

 

でも、これは『』の授業以前に、どんな授業でも大切にしていかなければならないことだと私は思っています。

どんな型の授業であっても、これら3つの視点がなければ、生徒たちが「主体的に、対話的に」学ぶことは難しいと思います。

 

 

最近思うのは、もう『』の考え方というよりも、教師として大切にしていかなければ成らない「考え方」という気がするのです。

 

だから、この「軸」というものが無ければ、きっと教師としての「熱い想い・願い」というのが、生徒たちに伝わることは難しいのかと思います。

 

そして、授業を見学する立場で改めて思うのは、

きっと、生徒たちは、その教師の「考え方」を鋭い目で見ている、ということです。

 

それを学びました…。