『学び合い』日記

『学び合い』(2重カッコの"学び合い")の実践の奮闘日記です。

体育祭と合唱コンクールの本当の目的は何?

すいません、書き殴ります。

 

  1. 体育祭の本当の目標は何か?
  2. 合唱コンクールの本当の目標は何か?

この2点について書きます。

 

  1. 体育祭の本当の目標は何か?

「皆さんで団結をして、より良い体育祭を創りましょう。」

私は、中学校の生徒のとき、組頭という立場でこのフレーズを言っていたのを覚えています。

何の間違いもなく、周りの誰もが体育祭が好きで乗ってきてくれることを信じていました。そして、それをもとに練習計画を担任の先生と考えていたように思えます。

「感動」という味を軍の仲間と分かち合うために…。

 

 

ですが、今思うと、それは戦時中の「戦争」と同じことだったのかもしれません。

戦争は勝ち、負けがつきます。

そして、勝つために国民が「団結」をします。戦争がイヤな人がいたとしても、無理に「団結」をさせる必要があるのです。

なぜかと言えば、「戦争」に勝つためです。

 

自分の学校の体育祭が、「戦争」と同じようになっているように思えてきました。

運動がイヤな生徒がいても、「団結」をするためにはしょうが無いのです。なぜなら、「勝つ」ことを本気で目指すのですから。

 

「団結」をして「協力」することが体育祭の目的であるのならば、それは一度考え直してみた方が良いと思う。

 

私もそう思います。

 

「協力」するために「協力」するのではない。

 

 

体育祭の最上位の目的は何なのか?

それは運動が好きな人も、苦手な人も、全ての生徒が「あ~、運動って楽しいな」と思えることだと思います。

それをテッペンの目的にしたときに、自分たちが行っている体育祭活動は、ふさわしいものになっていますか?

どうですか?

それを考えてみると良いと思う。

 

 

体育祭は、全ての「生徒たち」が「楽しむ」ものという本来の目標。

 

  

 2.合唱コンクールの本当の目標は何か?

「最優秀賞は、○年△組です。」「うおおおおおおおおおお」「きゃあああああああ」

 

一般的に行われる合唱コンクールでは、閉会式にこのようなことが行われるのではないでしょうか?

でも、その際に周りのクラスはどう思っているのかな?

最優秀賞を取ることで目標を達成することができたクラスとそうでないクラスとで、差が生まれませんか?

そして、それはあたかも、「クラスのメンバー」や「担任の力量」が理由になっているのが生徒の口から耳に入ってきたことはありませんか?

そもそも最優秀賞を取るクラスと取れないクラスがある時点で、生徒全員が目的を達成したことにつながるのでしょうか?

 

 

私の身の回りにも、先ほどの「戦争」と同じで、「勝つ」ことを求めるあまり、「歌」がイヤになっている生徒がいるかもしれません。

 

合唱コンクールを通して「団結」をすることが目的なのですか?

そもそもそんな勝負ごとになると、「歌」があまり上手くない生徒は、「団結」しないように「協力」するのですよ。

 

 

合唱コンクールの本当の目的は一体なんのでしょうね?

そもそも音楽はレベルを上げるものなんですか?

私は生涯を通して「音楽って良いな」と思えることだと思います。

これが合唱コンクールの目的だとしたとき、賞をつけることに何の意味があるのでしょうか?

 

「音楽って良いな」と思える生徒を育みたいのに、「音楽なんか、合唱なんか大嫌いだ」と思ってしまう生徒を育んでいないのか、自分の指導を考えています…。

 

私の中学校では、体育祭は「生徒たち全員が楽しむもの」、文化祭は「生徒たち全員でお客さんを楽しませるもの」としています。

 

 

2つの違いをはっきりとさせ、2つの行事に向き合っていくことが必要なのだと思います。

 

 

今日、本を読んでいて疑問に思ったことについて、ある方とお電話させていただきました。(お休みの中、向こうからお繋ぎ頂いたことに、本当に感謝です…)

 

 

勉強にしかならない40分間でした。

書き殴りました。